光害の概要記事


以下は「環境年表 平成27-28年」(国立天文台編、丸善出版)に掲載されているものを、出版社の許可を得て転載したものです。出版社サイト


光害と自然科学への影響

 人工衛星や国際宇宙ステーションから撮影された夜の地球の写真を見ると、煌々と光る都市の明かりが写っている。とくに日本列島は、三大都市圏が光の海と化しているほか、国土の大半に人工光が行き渡っている様子がわかる(図)。写真に写っているのは、街灯や道路灯、商業施設やスポーツ施設の屋外照明などから出た光のうち、上方に向かい、宇宙にまで達した漏れ光である。
 街から上方に漏れた光の一部は、大気中でチリや水分など(エアロゾル)によって四方に散乱し、周囲の空間には散乱光があふれた状態となっている。これにより地上から見た夜空の明るさが増し、天の川のような微かな星の輝きが見えにくくなってしまう。この問題は、電灯が普及するにつれて天文学者が気付きはじめ、‘Light pollution’ と名付けられた。日本語では「光害」(ひかりがい、またはこうがい*)と呼ばれている。古くは1920年代に東京天文台(現・国立天文台)が麻布から三鷹に移転した理由のひとつが、周辺の街明かりの増加による光害であったとされる。
 科学的には「夜空の明るさ」は、縦横が角度1秒の範囲の空からやってくる光の量が何等級の星の輝きに相当するか、すなわち「1平方秒角あたりの等級」(magnitude/arcsec^2) という数値で表される。数値が小さいほど夜空が明るいことを意味し、数値1の差が約2.5倍の光量の差となる。人工光の影響がまったくない自然の夜空では、大気光・黄道光・星野光をあわせて約21.5〜22の値であると推定される。一方、東京都心などでの近年の測定値は、天頂付近で約16〜17となっており、自然の夜空の数十倍から数百倍の光量に達している。これでは、肉眼で見える星の数は数百分の1に減ってしまう。〔全国各地での測定値は、環境省による全国星空継続観察結果報告書(平成24年度まで) https://www.env.go.jp/kids/star.html および星空公団・デジカメ星空診断による調査報告書(平成25年度以降)http://dcdock.kodan.jp/ を参照〕。
 この問題による影響は、単に人々が美しい星空を楽しめなくなったということに留まらない。天文学においては、巨大な光学望遠鏡を使って遠方の星からの光(信号)を集める際、夜空の明るさは信号をぼかすノイズとなり、観測データの質を低下させる。アマチュア天文家による彗星や新星の発見も困難となる。理科教育の面からは、星の観察が十分に行えないことで子どもたちの自然体験の機会が奪われ自然に対する関心や探究心の低下につながる懸念もある。
 さらに近年、夜間に人工光を使用することによる多方面への影響が明らかになってきており、光害がより広範な環境問題・社会問題として捉えられるようになってきた。
 まず生態系への影響が挙げられる。多くの生物は、光に引き寄せられたり、忌避したりする性質を持つ。したがって、元来暗かった場所を人工的に明るく照らすことは、周辺の生物の行動や生息分布に変化をもたらす。さらには太陽光に支配されていた明るさの変動パターン(日周変化・年周変化)が人工光により崩されることで、生物の概日リズムや光周性が乱される可能性がある。
 具体的には、ホタルやカエルなどは暗がりでのみ求愛行動を取るため、繁殖に影響があることが指摘されている。渡り鳥は、上空へ向けたサーチライトや高層ビルの窓明かりがあると、その光に引き寄せられ、トラップされる(周りをグルグルと飛び続ける)。ウミガメの赤ちゃんが街明かりに引き寄せられて海へ帰ることができず、大量に犠牲になる事例は、世界各地で起きている。身近なところでは、ランプのまわりで無為に飛び回ったり犠牲となった虫を目にすることも多いだろう。夜行性の生物種は昼行性よりもはるかに多いが、人工照明によりその生息可能域が減少していることは疑う余地がない。
 植物についても、日長変化が生育の重要な要素であり、夜間に人工光が当たり続けたことによる、イネやホウレンソウの生育阻害、樹木の紅葉・落葉遅延などが報告されている。
 人体に対しても、夜暗いはずの時間帯に網膜に光が入ると、体内時計が乱されメラトニン(睡眠ホルモン)の分泌が抑制される〔とくに短波長(青色側)の光ほどその効果が大きい〕。その結果、睡眠障害・うつ病・肥満・がんなどの健康被害のリスクが高まることを示唆する研究結果がある。
 そのほか、屋外から住居内への過度な侵入光、歩行者・運転者へのまぶしさ(グレア)、光源の氾濫による信号機や交通標識の認知度低下など、社会的な問題も生じている。当然のことながら、過剰・無駄な照明の使用はエネルギーの浪費でもある。
 光害対策として、日本では1998年に環境庁(当時)が「光害対策ガイドライン」を策定、その後2006年に改訂版(環境省)も出されたが、まだ国内において光害問題の認知度は低いと言わざるを得ない。街中には、過剰な明るさの照明、不必要な時間に点灯している照明、目的外の方向(とくに夜空の方向)への漏れ光を発している照明などがいたるところにある。それらの照明を技術的に(光源の種類・スペクトル、器具の形状、制御、運用方法などを)改善していくことで、安全性・快適性に必要な明るさを保持したまま、光害を大幅に軽減できる余地がある。上述のように、光害はさまざまな分野に関わる問題であるので、分野横断的な協力体制の下での対策が期待される。

*) 当初は「こうがい」と読まれていたが、環境省の「光害(ひかりがい)対策ガイドライン」を始めとして「ひかりがい」との読みも広まっている。


図 人工衛星から撮影された日本列島周辺の街明かり(2012年撮影) (c) NASA
(updated 2016.06.11)